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平 重盛

保延4年(1138年)に生まれ、治承3年(1179年)に亡くなりました。平清盛の嫡男となります。清盛の出世とともに自身も昇進しました。政治能力に優れていて、武勇も持ち合わせた理想の男子とされています。

小松に住んでいたため、小松内大臣と呼ばれたり、東山の麓に寺を建て燈籠をたくさんかけたことから、燈籠大臣とも呼ばれました。

重盛は健康不良のため、治承3年に出家しましたが、その年の7月に亡くなりました。

鹿ケ谷事件では

鹿ケ谷事件の時に、清盛は報復のために後白河法皇を幽閉しようとしましたが、重盛がこれを沈め幽閉には至らなかった経緯は有名です。清盛の横暴さを抑えることができる唯一の人物だったのですが、清盛よりも早くに亡くなってしまったので、暴君を止められるものはいなくなってしまいました。