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平 忠盛

平正盛の長男で、平清盛の父となります。大治4年(1129年)や保延元年(1135年)には、西海の海賊追討に出陣し、武士の名をあげました。白河・鳥羽両法王の信頼も厚く、越前、伊勢、河内、備前、美作、播磨、国守も歴任しました。

日宋貿易にも携わり、この貿易によって経済力をつけ、長承元年(1132年)鳥羽法皇のために、得長寿院を造営し、それによって内裏への昇殿も許されましたが、貴族には妬まれた状態になりました。

忠盛の死

仁平3年に、忠盛は公卿昇進を目の前としながら、58歳で亡くなりました。左大臣・藤原頼長は、その死を大変惜しんでいました。平清盛が築いた武家政権も、父忠盛によって基礎が固められたといっても過言ではありません。