源義朝は源為義の長男であり、皆さんもご存知の源頼朝と源義経の実の父親です。
源為義によって幼少期のうちに相模国(現在の神奈川県)に送られ相模国で育ちました。父がいないながらにも源義朝は立派に育ち、二十歳を迎えた頃には鎌倉を本拠地として南関東の武士団をまとめあげていました。
南関東の武士をまとめあげた源義朝は京へと進出します。そこで鳥羽上皇と関係が深い熱田大宮司家の娘である由良御前と結婚します。そして天皇の院近臣である熱田大宮司家の力を使って下野守になることに成功しました。
1156年に起こった保元の乱では、平清盛と一緒に後白河天皇側につき実の父である源為義と敵対。戦は後白河天皇側が勝利。最後は自らの手で父の首を切る。
1160年に起こった平治の乱では、保元の乱では味方だった平清盛と戦うが、平清盛の急襲にあいあえなく敗北。最後は入浴に中に暗殺され38歳でこの世を去った。