石橋山合戦とは、平安時代末期の治承4年(1180年)に源頼朝と大庭景親ら平氏方との間で行われた戦いのことです。平治の乱から、21年後伊豆に流されていた源頼朝でした。妻・政子の父である北条時政、安達盛長らとともに旗揚げを決断し、伊豆を脱出し隆起しましたが10倍以上の敵に立ち向かうことができず、敗北が決定的となりました。湯河原の渓谷に面する山に逃げ、木の空洞に身を隠していたところ梶原景時に見つかりましたが、以前源氏の家人だった為、知らぬ風を装い助けてもらい、命拾いをしました。
頼朝は、椙山の内堀口のあたりで一度敵と戦いましたが、この戦闘で戦死してもおかしくない状況でしたが何とか逃げ切ることができました。
この地域の地理に詳しい土肥一族が味方にいたこと、敵の中にも味方がいたことや頼朝の祖父「源為義」以来関係の深かった箱根神社の別当が救援の手を差し伸べたことなどが頼朝に味方したのでした。