結城浜合戦は、千葉常胤一族と千田荘の領家藤原親政の間の合戦で、千葉・千田合戦とも呼ばれています。
常胤は、千葉県東葛地域周辺を下司という役人をしていましたが、父・常重は規定の年貢を収めなかったとして逮捕され、多額の財宝を取られたり、相馬御厨は奪い取られたり、千田親政にも激しい圧力をかけられていて、不満は募っていたため、頼朝の存在はまさに救世主でした。
結城浜の邸にいた常胤は絶対絶命の中で、必至に防戦し見事親政の軍政を打ち破りました。この時の常胤の配下は7騎にすぎませんでした。
房総半島を制した頼朝の軍は約3万に膨張していました。
千葉城(千葉県千葉市)の北側に存在するお茶の水は色々な伝承を残す泉で、その脇には小さな不動堂があります。千葉一族は代々この水を産湯に使用したと言われています。千葉常胤はこの水で源頼朝に茶を献じたという伝説が残っています。
現在は湧き水も絶えてその痕跡を留めるのみになっています。