伝統的な合戦作法では、合戦場所・日時を事前に指定します。軍使を交換し開戦状を交わします。矢合わせを行い、騎射で個人戦(一揆打ち)とします。騎射は実際には条件が整った場合のみ行われました。個人戦では互いに名前を名乗るのが礼儀でした。討ち取った首が誰の物かがわからないでは、困るというものからでした。
全国に広まったこの内乱では、武士以外の騎射の心得のない色々な人が参加したため、それまでの作法から見ればルール違反となるようなふるまいも多くありました。
平安後期の説話集で、「今昔物語」にある源充・平良文による源平合戦では、大将同士が一揆打ちしようということになり、騎射という勝負法をとりましたが、互いに何度も矢を避け決着が付かず、二人は互いの武芸を称え合い友情を結んだという話があります。