源氏軍4万余騎、平氏軍4000余騎とするこの戦い「富士川合戦」では、源氏側から、平氏側に日時・場所を指定する軍使を送ったにもかかわらず、平氏の方はこれを無礼としてその軍使を斬ってしまいました。
軍使の安全を保証するのは私合戦によるもので、今回の合戦は朝廷の公的な合戦であり、これには適用されないとしましたが、内部でもそれは不評となりました。ルール違反がどんどん頻発し、それは止められない情勢となっていきました。
馬ごとぶつかる戦闘法は、「馬当て」といい、格闘による闘いは、「組打ち」といいます。「敵の馬の腹を射て、落としてから打つようになった。馬上で並んで組み付き、落ちたところで仕留めるようになった。」と老武者が嘆いています。騎射で勝負しない戦闘法は、正当ではないと感じたのでしょう。