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平清盛人物像

平清盛は、武士で初めて太政大臣にまで登り詰めましたが、その出生は謎につつまれたものになっています。元永元年(1118年)伊勢平氏の棟梁・平忠盛を父として生を受けたと言われています。

保延元年(1135)年8月、18歳の時に父とともに海賊退治の賞をもらい、順調に出世しました。試練は「祗園社頭闘乱事件」、そこで危うく流罪になるところを免れました。父である、忠盛が58歳でなくなるのとこの事件が清盛を精神的に大きく成長させました。

祗園社頭闘乱事件

田園を奉納するために演奏人を送ったが、清盛の郎党と祗園社の社家が衝突してしまい、郎党が放った矢が宮殿に当たるという一大事に発展、それが元で怒った祗園社と比叡山延暦寺の僧侶は、清盛と忠盛を流罪にと朝廷に要求しました。朝廷はそれを拒み、結局は流罪にはなりませんでした。

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