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平治の乱

政治の実権を握った信西でしたが、中枢から離れた者たちの怨みをかってしまい、藤原信頼、源義朝らによるクーデターが始まりました。清盛の第二の段階となったのがこの、平治の乱でした。反乱軍の戦乱や暴動を武力を使って鎮めることにあたったのが、平清盛でした。

保元3年(1158年)清盛は播磨守から太宰大弐へ移動しました。実質なトップとなり、父・忠盛が始めた日床貿易を継承し音戸瀬戸の開削や瀬戸内航路の開発に力を入れました。

実質的な権力者、信西

後白河・二条の地位は安泰化したように見えましたが、院近臣団をコントロールすることができず、鳥羽上皇の資産や権威を受け継ぐこともできませんでした。そのため後白河上皇と二条天皇の主導権争いも目立つようになりました。M 実質的な権力を行使していたのは、歴史や法学に優れていたため頭角を現した信西でした。