都では貴族文化が華を開かせていましたが、平安末期になると、武士の一族が各地に広がり土地に根づいていきました。武士にとって合戦こそが晴れの舞台で、目覚しい動きをすれば、所領を得ることができ、一族は繁栄するという新しい武士の時代の背景でした。
「将門記」の時には、自軍が不利になるとすぐに逃げたしていた部下と違い、「将軍の命が危うくなったとき、ともに死ぬは当たり前のこと」と家臣である佐伯経頼はいい、武士らしい武士が生まれ、幾多の戦乱と苦難は、武士達の間に強い主従関係を芽生えさせていました。
「今昔物語集」の中に、芥川龍之介の、「芋粥」の素材となった一話があります。「芋粥を飽きるほど食べたい」と念願していた、京の貴族である主人公・五位に、敦賀に広大な領土と多数の従者を持つ地方豪族の藤原利仁が、敦賀に訪れた五位を、凄まじいまでに芋粥を振舞まうという話です。活力ある地方武士と枯れはじめた京の貴族の象徴的な姿でした。